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マレーシアの人々とつないだ「絆」
「SIBO」とは、「Sarawak International Band and Orchestra Festival」の略。 マレーシアのサラワク州クチン市で開催されている音楽フェスティバルです。
このSIBOはクチン市を拠点に音楽教育推進に携わっている「The Band Lab」と、その日本支部である「The Band Lab Japan」(東京外国語大学の学生が中心になって活動)が、現地主催し、音楽を通じた国際交流を目的のひとつとして掲げています。
昨年9月17〜20日に開催されたSIBO2024には、現地から約160人の参加者が集まりましたが、日本からはモデルバンドとして高校の有名バンドが招かれました。
それが、愛知県の愛知工業大学名電高校吹奏楽部(愛工大名電)。「吹奏楽の甲子園」と称される全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部に最多46回の出場を誇る名門校です。

SIBOは4日間開催され、プロ音楽家による演奏指導合宿、楽器リペアのワークショップなどもおこなわれましたが、愛工大名電は期間中、各所でコンサートを実施しました。
愛工大名電の特徴は、多様な楽器の音が美しく混じり合う「ブレンド」と演奏の統一感。国内トップクラスの高校バンドが披露した《ディープ・パープル・メドレー》や《ゴールデン・ジュビレーション》などの演奏は、現地マレーシアの人々を驚かせ、喝采を浴びました。

演奏だけでなく、伊藤先生による基礎練習の指導、日本文化として愛工大名電の部員たちがソーラン節を披露、といった時間もありました。特に、愛工大名電の部員が現地の奏者たちにパート練習の方法を伝える時間の後には、それまであまり集中してパート練習をしていなかった現地奏者たちが熱心にパートで基礎練習をするようになったそうです。技術面だけでなく、音楽や楽器との向き合い方までもが伝わったのでしょう。
また、最終日に参加者全員でおこなわれたフィナーレコンサート(なんと会場はサラワク州議会議事堂!)にも愛工大名電が参加し、顧問の伊藤宏樹先生が指揮。《We Are The World》などを演奏し、大きな盛り上がりの中でSIBO2024は終演を迎えました。

さて、すでにお気づきの方もいると思いますが、9月下旬といえば、全日本吹奏楽コンクールの1カ月前。出場を控えていた名電にとっては大切な時期です。
愛工大名電からSIBOに参加したのは57人。コンクールメンバー55人以外の部員だったのかと思いきや、ほとんどがコンクールメンバーで構成されていたそうです。
「日本を代表してマレーシアと交流するのだから、全国大会前であっても、うちのトップのメンバーで参加するのが当たり前だと考えました」
伊藤宏樹先生はそう語ります。
「部員たちにとっても、マレーシアの人たちとの交流、外国で演奏会をして拍手をもらう経験は非常に大きかったと思います。それに、とにかく、楽しい! 名電は国内での交流を積極的にやってきましたが、今後はこういった海外との交流も大事にしていきたいです」
一部では、日本のスクールバンドはコンクールで良い賞をとるために活動していると誤解されることもあります。しかし、たとえ全国大会前でも国際交流のために最高のメンバーで臨むという愛工大名電の気概を知れば、決してそうではないと理解できるでしょう。もちろん、それは愛工大名電だけでなく、多くのバンドが持っている気概でもあると思います。

The Band Lab Japanの山本佳奈さんは今回のSIBO2024でこんな思いを抱いたそうです。
「SIBO Fest 2024で最も心に残ったのは、音楽を通じて生まれた友情の絆でした。初めは言葉の壁に戸惑っていた参加者たちも、時間が経つにつれてお互いに打ち解け、言葉が通じなくても身振り手振りで意思疎通を図る姿が見られるようになりました。バラバラだった音が、友情が深まるにつれて一つにまとまり、最終日には参加者全員で作り上げた最高の演奏が披露されました。その瞬間、音楽が国境を越え、人々の心を繋げる力を改めて実感しました。別れの際に涙を流して抱き合う姿が見られたのも、この絆が生んだ感動の証でした」
奇しくも、愛工大名電も「絆」をモットーに掲げるバンド。それが部活動の中や日本国内だけでなく、海外の国や人々との間にも結ばれるものであることだということを山本さんは感じ取ったのでしょう。

これまで、日本の吹奏楽は国内で大きく成長してきた文化です。特に、アマチュアの吹奏楽団のレベルは、海外の著名な作曲家や奏者からも世界トップクラスと賞されています。
それだけに、今後はアジアをはじめとする海外にも活躍の場を広げ、その素晴らしい演奏力でより多くの観客を感動させてほしいです。
課題曲作曲者・牧野圭吾の新曲も!
SIBO2024には、愛工大名電の参加以外にもトピックがありました。
2023年度の吹奏楽コンクール課題曲《行進曲「煌めきの朝」》の作曲者である牧野圭吾さんが、SIBO2024のために作曲した委嘱のテーマ曲《A Cat on the Waterfront》が初演されたのです。牧野さんは現地を訪れており、練習から本番まで指揮も務めました。

今回の委嘱作品《A Cat on the Waterfront》について、牧野さんはこう語ります。
「最初に委嘱をいただいたときは、『日本の吹奏楽スタイルとマレーシアの民謡が融合した曲』が求められていました。まさしく、日本とマレーシアの友好・友情の架け橋になるような祝典的な曲をつくりたいと意気込みました」
日本とマレーシア、両国の要素がミックスされた曲はこれまでになかったかもしれません。この《A Cat on the Waterfront》の中ではマレーシアの民族楽器やヴァイオリンなどの弦楽器群も使用され、日本人にとっては新鮮な現地民謡のメロディラインも聞こえてきます。
新たなチャレンジである新曲を見事に仕上げ、フィナーレコンサートで牧野さんは指揮台に上がりました。
「本番は現地時間で23時を過ぎていたと思いますが、会場には多くのひとが集まって、純粋に音楽を楽しんでいるのがひしひしと伝わりました。そのオーラが演奏者たちにも乗り移り、温かい空気感で演奏がおこなわれました」
実際の演奏の様子は下記のYouTubeより動画で見ることができます。
牧野さんといえば、《行進曲「煌めきの朝」》作曲時はまだ高校生だったことが話題となりました。現在は愛知県立芸術大学音楽学部作曲科専攻の3年に在学中。今後の活躍が嘱望される若き新進作曲家にとって、マレーシアでの経験は大きな刺激になったようです。
「思想、宗教、人種、言語を超えて、感情や情景を共有できることが音楽の最大の魅力だと思います。今回、僕や名電の皆さん、そして、マレーシアサイドの演奏者たちはそれを体感しました。この音楽の輪が、今後も広がってくれると嬉しいです」
牧野さんが言うとおり、人間の持つ様々な壁を越えて通じ合えるのが音楽。これからも日本の吹奏楽が、日本と世界をつないでいくものになってくれることを期待したいです。
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