「全国大会出場決定」という誤情報

2021年8月26日、北海道吹奏楽コンクール・高等学校の部A編成が行われました。

15校が出場しましたが、コロナ禍のために結果は北海道吹奏楽連盟の公式サイト上で行われることになっていました。

出場順1番で自由曲《歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」》(ピエトロ・マスカーニ)で挑んだ北海道旭川商業高校吹奏楽部は、今回が長年顧問を務めてきた佐藤淳先生の最後のコンクールということもあって、気合い充分で演奏を披露。

その熱演に、演奏が終わった後は、メンバーがステージから出るまで拍手が続くほどでした。

オザワ部長が6月に取材した際の写真

演奏後、すぐにバスに乗って旭川へ帰る旭川商業のもとに、北海道代表に選ばれたという情報がSNSを通じて流れてきました。

10年ぶりの全国大会出場決定に、車内には歓喜が広がったそうです。

ところが……十数分後にそれは誤情報だということがわかりました。

なぜそのような間違った情報が広がったのかはわかりません。誰かが結果を見誤って、その情報が拡散されたのかもしれません。

淳先生はパーキングエリアでバスを止め、全員を集めて全国大会出場決定は誤情報だったと告げたそうです。

どれほどの落胆、どれほどの悔しさや悲しみが部員たちを襲ったのか。きっと想像以上のものだったでしょう。

以前、『吹部ノート③』で旭川商業を取り上げた際にも書いたことですが、旭川商業は決して吹奏楽コンクールで全国大会に出ることだけを追求するバンドではありません。むしろ、「全国大会出場よりも大事なものがある」ということを教えてくれるバンドです。

しかし、2年ぶりのコンクール、そして、淳先生の最後のコンクールということで思い入れは強かったことでしょう。

それゆえに、「全国大会出場決定」からの「誤情報だった」という流れは、大きく、深い衝撃を与えたに違いありません(最初に代表校に入れられていなかった学校の部員も、もちろん傷ついたことでしょう)。

6月に校庭で行われた「幻の大行進」アフターコンサートで演奏する旭川商業高校吹奏楽部

「部活ノート」に書かれた部員の心

旭川商業高校吹奏楽部の特色にひとつに「部活ノート」があります。

先生が部員一人一人と心の交流を持つためのノートで、旭川商業の部活の特色のひとつになっています。その中には、部員たちが自分自身と向き合い、葛藤し、成長していく姿が記録されていきます。

北海道吹奏楽コンクールから2日経ち、佐藤淳先生のもとに1冊の「部活ノート」が提出されました。

持ち主は、3年生の「くっぱ」さん。

「くっぱ」はあだ名です。旭川商業では、入部と同時に「過去をすべて忘れ、一からここで生まれ変わる」という証として全員にあだ名が与えられることになっており、これもまた部活の特色のひとつです。

「くっぱ」さんのノートを全文引用したいと思います。

全道大会を終えて 8/26(木)

まず、正しい情報よりさきに誤報が流れて広まってしまって私たちも含め沢山の方が困惑することがあって、改めてSNSの影響力や怖さを考えさせられる機会になったし、ネット社会で生きていく中でまたひとつ勉強になった。

たった数分間だったけど、私たちの夢が叶った瞬間を体験することができた。実際全国決まってたらこんな感じだったんだなって、一瞬でも皆で喜ぶことができた。
正直、私たちは何もしていない。自分たちが発信した情報ではないし、広めた訳でもない。
でも、だからこそ 今 凜とする。これからどうやって真っ直ぐ前を見て顔を上げて進んでいけるかにかかっていると思う。

コンクールだから結果や点数はつくけど、私たちが今できる最大を出し切った自信がある。

白ジャにしかできないカヴァレリアを旭商にしかできない音楽を100%届けられたと思う。
本当楽しくて仕方なかった!!! 幸せだった!
悔しいけど、悔いは残ってない。

今日は1日一気に色んな気持ちになって感情ぐちゃぐちゃだったけど、今は何だかスッキリしてる、笑
きっと色々ふっきれたんだと思う。
泣くのは今日まで、明日からは沢山沢山笑う。
そして、やるべきことをやるだけ。

淳先生、私本当に楽しかったです。幸せだって思いました。
今までしてきた失敗は消えませんが、少しは音返しできましたか。伝わりましたか。
いつも本当にありがとうございます。

「くっぱ」さんの部活ノート。佐藤淳先生からの返事が最後に見える(佐藤淳先生提供)

とても率直に気持ちが表現された文章になっています。

「困惑」「悔しい」「感情ぐちゃぐちゃ」「泣く」という言葉から、「くっぱ」さんや部員たちの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。

ただ、誤情報を流した人たちに負の感情を投げかけたり、いつまでもそのことにこだわり続けたりするのではなく、「色々ふっきれた」「明日からは沢山沢山笑う」とポジティブに切り替えていこうという姿勢が健気です。

そんな気持ちになれたのは、たとえ全国大会出場を逃しても、旭川商業高校吹奏楽部が大好きで、自分たちが披露した演奏に納得でき、それが聴く人たちにも伝わったという確信が持てているからではないでしょうか。

また、たとえつらい経験をしても、再び気力を振り絞って立ち上がり、明日に向かって歩み始める姿に感動を覚えます。旭川商業の部員たちだけでなく、世の中にはつらい思いを抱えた人たちがたくさんいますが、きっと「くっぱ」さんの姿勢は励ましになることでしょう。

先生に対する「音返しできましたか」という言葉も素敵ですね。

きっと淳先生が長年部員たちの思いを真正面から受け止め続けてきた結果が、このような素晴らしい部活のあり方につながり、感動的な「前向き力」を生み出したのではないかと思います。

そして、私本当に楽しかったです。幸せだって思いました。」という言葉がすべてだと思います。

誤情報に翻弄されるという悲劇の中にあっても、この境地に至ることができる……。旭川商業高校吹奏楽部にはやはり「全国大会出場よりも大事なもの」があるのです。





★旭川商業高校吹奏楽部を描いた物語!★