北海道の旭川商業高校吹奏楽部は、全日本吹奏楽コンクールに過去10回出場した古豪です。

オザワ部長の著書『吹部ノート3』でも、第3章に「全国大会より大事なものがここにある」と題して、その感動的な活動やエピソードをご紹介しています。

さて、『吹部ノート3』に書いたとおり、旭川商業高校では「部活ノート」を活用しています。

ノートは部員が自分自身を見つめ直したり、顧問の佐藤淳先生とコミュニケーションを取ったり、他の部員と思いを共有したりするツールになっています。

実は今年度も「部活ノート」を通じて胸が熱くなるドラマがありました。

下の写真は、3年・トランペットパートの「ウーロン」さんが書いた、2018年のある日の「部活ノート」です。

旭川商業では、入部時に先輩たちからあだ名を与えられます。ウーロンさんも1年のときから部内ではこのあだ名で呼ばれてきました。

そして、ノートに登場する「臣(じん)」さんは、ウーロンさんを慕って同じ中学校から旭川商業にやってきた1年生です(ノートに出てくる「SP」は「先輩」の略語)。

吹奏楽コンクールは全国の中高生にとって大きな目標です。人数の多い部ではコンクールメンバーに入る上でどうしても競い合いがあり、選ばれる者と選ばれざる者が出てきてしまいます。

旭川商業では、学年関係なく実力主義でメンバーを決めています。

1年生である臣さんは悩んでいました。

「もし自分がオーディションでコンクールメンバーに選ばれたら、代わりに先輩が落ちてしまう。そこまでしてオーディションに出る必要はあるのか? 自分はオーディションを辞退したほうがいいのではないか?」と。

そんな臣さんに、ウーロンさんは自分自身の体験を語りました。

ウーロンさんも1年のとき、臣さんと同じ悩みに直面したことがあったのです。

ウーロンさんは、2つ上の3年生、「こらしょ」先輩から熱心な指導を受けていました。

しかし、ウーロンさんと先輩は、コンクールという面から見ると、トランペットのメンバーの座を争うライバルでもあります。トランペットパートの構成から見て、ふたりのどちらかしかメンバーになれない…それはウーロンさんも、こらしょ先輩もわかっていたことでした。

ウーロンさんは、「SP抜かしてまで自分が乗る意味あるのかなって、怖くなって」(※以下、太字はノートからの引用部分・原文ママ)一度はオーディションを辞退しました。けれど、オーディションを受けるようにと勧めてくれたのは、他でもないこらしょ先輩だったのです。

ライバルであるはずのウーロンさんに惜しみない指導をしてくれる先輩。

ウーロンさんはその姿を「ただただかっこよかった」と感じ、「こらしょSPに恩返しする為に、自分は、本気で戦って、もし乗れるなら、SPのために、やろうと決心がついて」オーディションに挑戦しました。

その結果、ウーロンさんは晴れてコンクールメンバーに選ばれることになったのです。一方、こらしょ先輩はメンバー外でした。

1年で旭川商業という伝統校のコンクールメンバーに選ばれ、プレッシャーに襲われたウーロンさんを、こらしょ先輩は以前と変わらず全力でサポートし続けてくれました。

高校生活最後のコンクールに出られない…その悔しさや悲しみは痛切なものだったに違いありません。それを押し殺し、腐ることなく裏方に徹する姿に、ウーロンさんは限りない尊敬の念を抱きました。

ところが、全日本吹奏楽コンクール出場をかけた大切な全道大会で、ウーロンさんは「思ってもいないミス」をしてしまいます。

それが原因だったわけではありませんが、旭川商業は金賞を受賞しながら、代表には選ばれることができませんでした。

先輩を押しのけてまでつかんだメンバーの座だったのに、先輩に演奏で恩返しできなかった、先輩を全国大会に連れていってあげられなかった…。

ミスしたことがウーロンさんの「トラウマ」になりました。

けれど、そんなときも慰めてくれたのは、やはりこらしょ先輩でした。

「このミスがこれからのウーロンの為になったじゃん」
「まだ2回残ってるよ、コンクール」
「ありがとう」

先輩は自分よりもずっと悔しいはずなのに、励ましの言葉をかけてくれたのです。ウーロンさんにとって「忘れられない」言葉、思い出となりました。

だからこそ、3年生になったウーロンさんは、自分と同じように悩んでいる後輩の臣さんを見て、「あの時、助けてくださったSPみたいに、次は自分が助けるんだ」と決心。

自分とこらしょ先輩との出来事を語り、臣さんにオーディションを受けるよう勧めました。

尊敬するこらしょ先輩が教えてくれたのは、まさに「全国大会より大事なものがここにある」ということでした。だからこそ、臣さんにはコンクールに出たいという自分の気持ちに正直になってほしい、全力でオーディションに挑んでほしい、と考えたのです。

メンバーになっても、メンバーにはなれなくても、旭川商業の仲間であることに変わりはないから。大事なものは、ここにある。

「臣の気持ち、少しでも変わってくれたらいいな…!」

そんな言葉でこの日の部活ノートは締めくくられました。

その後、ウーロンさんの思いは届き、臣さんはオーディションに挑戦。ふたりは揃ってコンクールメンバーに選ばれました。

2018年の吹奏楽コンクール。旭川商業は全道大会に出場。課題曲《コンサート・マーチ「虹色の未来へ」》と自由曲《交響詩「海」》を演奏し、金賞を受賞しました。

惜しくも北海道代表には手が届かなかったものの、顧問の佐藤淳先生が「とても気持ちのいい、楽しい12分間」と評する納得の演奏となりました。

音だけでなく、心を響かせ合う旭川商業高校吹奏楽部。

部活ノートに綴られた出来事や一人ひとりの思いは、やがて美しい結晶となり、いつまでも輝き続けることでしょう。

●吹部ノート3(掲載校:常総学院、浜松聖星、旭川商業、市立柏、平商業、埼玉栄、岡山学芸館)

ウーロンさんや臣さんも出演する旭川商業高校吹奏楽部の定期演奏会は2月2・3日、旭川市民文化会館で開催されます。

オザワ部長は前回の定期演奏会(『吹部ノート3』出版当時の3年生の最後のコンサート)に行きました。

せっかくなので2日間2回の公演、リハーサルも観せていただいたのですが、演奏の質の高さはもちろんのこと、そこに込められた思いの強さ、部員同士の絆の強さが感じられ、何度も感動の涙を流しました。

旭川商業で生まれた合唱の名曲《夜明け》が始まると、ホールのあちこちから観客の啜り泣きが聞こえてきました。

あのときの3年生は、今ごろどうしているだろうか…とときどき思います。

学校で勉強に励んでいるかもしれない。社会の荒波に揉まれているかもしれない。あるいは、目標を見失って暗中模索しているかもしれない。

けれど、きっと彼らはどんなときも、仲間たちと熱い音楽を奏で、《夜明け》を歌ったあのときを、部活ノートに綴った自分の言葉の数々を心の支えに、前へと歩み続けていると思いますし、そうあってほしいと願っています。

↑2018年の定期演奏会のリハーサル風景。
↑この定期演奏会を最後に、引退した3年生。

↑何度もオザワ部長を泣かせてくれた(笑)素晴らしい部員の皆さん、佐藤淳先生と記念撮影!

↑『吹部ノート3』に登場している2017年度部長の「8こう」こと阿部夏海さん(中央右)、「Ja8」こと吉田美優さん。
↑定期演奏会前、リハーサルを観にきていた他校の吹奏楽部員と一緒に盛り上がる!
↑定期演奏会のプログラムには、ひとつひとつこんな手書きの
メッセージが添えられています。これは応援したくなる!

↑控室で2018年度の部長「ほじゃけ」さんと!

今年の旭川商業の定期演奏会もチケットは残りわずか(前売りはローソンチケット、旭川市民文化会館、ヤマハミュージックリテイリング旭川店)。

お時間のある方は、ぜひ会場へ足をお運びください!

●旭川商業高校吹奏楽部公式ブログ