吹奏楽界を襲ったショック

4月13日午前11時、静岡県吹奏楽連盟のホームページに、たった3行ながら衝撃的な文言が掲載されました。

本年度予定しておりました「第61回静岡県吹奏楽コンクール」については全部門で開催中止とします。加盟団体には文書にて通知いたしますので、御確認ください。どうぞ、御理解と御協力をよろしくお願いいたします。

http://www.ajba.or.jp/shizuoka/

誰もが今年のコンクールがどうなるのか不安を抱いている中、静岡県吹奏楽連盟が示した判断に吹奏楽関係者は大騒ぎとなり、様々な意見が乱れ飛ぶ状況となりました。

ともかくも、特に中学校や高校における吹奏楽コンクールは生徒たちのために行われるものですが、学校が休校となっている現状では顧問の先生方と直接コミュニケーションをとる機会もなく、おそらく静岡の中高生(保護者、関係者も含めて)は大きなショックと不安にとらわれているのではないかと思います。

また、それは静岡以外の中高生、大学生、職場・一般団体の皆さんも同じではないでしょうか。

そこで、静岡の先生方に今回の吹奏楽コンクール中止の報についてお話を伺ってみました。

静岡大学吹奏楽団 指揮者・三田村健先生は…

まずは、昨年まで7年連続(三出休みを除くと13回連続)で東海代表として全日本吹奏楽コンクールに出場している静岡大学吹奏楽団の指揮者、三田村健先生のコメントです。

中止という決定については仕方がないと思っています。ただ、吹奏楽を心の支えにしている学生や生徒たちもいるので、コンクール中止を伝えるのは現場の先生から、ということにすべきだったのではないかと思います。

誰もが今年のコンクールについて開催を危ぶんでいるでしょう。例年どおりにはできないかもしれないけれど、たとえば音源審査になっても、無観客になっても、コンクールをやりたいという思いを強く持っている学生・生徒、関係者も多いです。

中止ということを知った日は、静岡大学の学生には「どういうことなのか調べてみるけれど、ダメになったものはダメだから」としか言えませんでした。心が痛く、苦しい1日でした。考えていたことは、「どうやって学生たちをケアしていってあげたらいいだろうか」ということでした。
こんなときだからこそできるのは、吹奏楽、「吹いて奏でて楽しむ」音楽の原点に立ち戻るということです。

コンクールがなくなったのは悲しい。でも、今は命が大事なんだ、国家の一大事なんだ。なかなか活動もできないけれど、ここで楽器を置いてはいけない。なんで楽器を、吹奏楽をやってきたんだろう? それは楽器が、吹奏楽が、音楽が好きだからでしょう。

好きなものを大切にする。「吹いて奏でて楽しむ」音楽はやっぱり良いものなんだ、だから、コンクールも中止だし、活動もできないけれど、続けていこう。

そう再認識するタイミングなのではないでしょうか。
我々も、静岡大学や静岡県の学生・生徒たちだけでなく、吹奏楽をやっているみんなが元気になれること、みんながつながっていかれることを何か考え、発信していきたいと思っています。

静岡大学吹奏楽団 指揮者・三田村健先生

浜松聖星高校吹奏楽部 音楽監督・土屋史人先生は…

昨年まで5年連続で東海代表として全日本吹奏楽コンクールに出場している浜松聖星高校の音楽監督・土屋史人先生のコメントです。

13日の朝、入院中だった私のもとに学校から「吹奏楽連盟からコンクール中止という連絡が来ています」との報告がありました。感情的に高ぶるものも感じましたが、とにかく「決定が早すぎる」と感じました。

新型コロナウイルスの影響で、浜松でも学校は休校、部活もストップしています。何より人命第一なのは当たり前です。けれど、吹奏楽コンクールを大きな目標のひとつにして、そこに出場することを夢見て高校生たちは頑張ってきています。

たとえ中止になるにしても、4月中旬の今決めなければいけないことだろうか、という疑問が残りました。

もちろん、この決定は甘んじて受け入れるしかありません。

正直、悔しい気持ちでいっぱいです。今後どうしていったらいいのか、まだわかりませんが、生徒たちが目標にできることを何か考えていきたいと思います。

浜松聖星高校 音楽監督・土屋史人先生

浜松市立開成中学校吹奏楽部 顧問・加藤幸太郎先生は…

一昨年、昨年と2年連続で全日本吹奏楽コンクールに出場している浜松市立開成中学校吹奏楽部の顧問・加藤幸太郎先生のコメントです。

県大会中止、という知らせは、まさに「寝耳に水」でした。

誰もが「なぜ、今?」と思っているでしょう。また、僕たち顧問からではなく、ホームページやSNSの情報でコンクール中止を知った生徒たちは各家庭で落ち込んだり、悲しみに暮れたりしているそうです。

浜松市では、4月6日から9日までは学校がありました。休校になる直前の9日に部活動のミーティングだけが許可されたので、僕は生徒たちにこんな話をしました。

「大きな目標にしているのはコンクールの『全国一金(全国大会でのオールAの金賞)』だけど、もしかしたらコンクールは中止になってしまうかもしれない。そんな今だからこそ、音楽の本質に迫ろう。楽器を奏でる喜びを見つけよう」

実際にコンクールが中止になってしまい、今後はどうやって音楽の本質に迫っていくかということと、また、コンクールとは別の具体的な目標を設定するかが大切になってきます。

開成中学校では、たとえば、部員がペアになって動画を送り合い、意見を共有したり、電話を使って一緒に演奏したり、といった取り組みを部員同士で工夫しながらやっています。

コンクール中止決定の翌日、部長から次のようなメールが部員たちに送られました。

昨日は、夏のコンクール中止が発表され、落ち込んでしまったり、モチベーションが下がってしまったりしている人もいるかと思います。
確かに、私たちの目標は「全国一金」です。しかし、この目標はコンクールがなくなってしまっても目指すことはできるのではないか……と私は思いました。
今は当たり前が大きく変わってしまったけれど、私たちの演奏で大勢の人を感動させたり、笑顔にさせたりすることができれば、私たちの目標は達成できた……ということになるのではないでしょうか。
一人ひとりが課題を持って、本番ができる日まで、個人練習にはなってしまうけれど、目標を失わず、「全国一金!」を目指していきましょう。そして、部活が再開されたとき、(今年の吹部スローガン「皆進」のとおり)部員皆で進んでいけるように頑張るぞー!!


部長が書いているように、今は一人ひとりが個人練習でレベルアップを図り、またみんなが集まれたときにワンランク上の演奏ができるようにしていかれたら、と僕も思っています。

また、新たな目標となることを僕も、静岡の先生方と相談しながら考えていきたいと思っています。

浜松市立開成中学校吹奏楽部 部長・高橋咲羽さん。

静岡県立浜松商業高校吹奏楽部 元顧問・齋木隆文先生は…

静岡の古豪で、近年は全日本マーチングコンテストやマーチングバンド全国大会で活躍している静岡県立浜松商業高校吹奏楽部の元顧問、齋木隆文先生のコメントです。

この先どうなるのかは誰にも予想がつかない状況で、今回の静岡県吹奏楽連盟の決定が英断なのか、勇み足なのかは、のちにならないとわからないことです。

個人的には5月に予定されている全日本吹奏楽連盟の総会まで決定や発表を待っても良かったのではないかと思いますが、おそらく県吹連としても苦渋の決断だったであろうと想像しています。

今回は静岡県吹奏楽連盟が先駆けて真っ先に声を上げたことで、全国的に注目を集めてしまっただけのことです。追従する都道府県も出てくるでしょうし、全日本吹奏楽連盟の声明を待って判断する都道府県も出てくることと思われます。

私自身、浜商の元顧問であり、また、娘が浜商の現役部員ということもあって、一番生徒たちの近くにいる存在だと思っていますが、心情的には「やりきれない」のひと言です。おそらく生徒たちもこういった事態を多少なりとも予想していたと思いますし、気持ちは同じだと思います。

ただ、いつまでも悲観しているわけにはいかないですし、負の状態のままでは終わらせたくありません。

吹奏楽はコンクールだけではありません。それ以外の目標を見出し、先へ続く1年にしていくことが吹奏楽業界に身を置く私たちの務めだと思います。

昨年の全日本マーチングコンテストにて、齋木隆文先生と浜松商業高校のメンバーとして出場した娘の紫音さん、紅葉さん。

静岡学園高校吹奏楽部 顧問・山下篤先生は…

日本管楽合奏コンテスト全国大会に連続出場している静岡学園高校吹奏楽部の顧問で、海外でも指導を行うなど活躍している山下篤先生のコメントです。

個人的には、遅かれ早かれ中止になるかなとは思っていました。もちろん、初めて中止の知らせを受けたときは「えっ!?」となりましたが、世の中の流れとしてこれはやむを得ないことだろうと思います。

静学の吹奏楽部では、部活がストップになる前には練習は1日2時間以内、基本的にパート練習とセクション練習のみ、練習する教室では部員同士の間隔を広くとり、窓を開けて通気を良くする、合奏は週1回のみ、といった対策をとりながら活動していました。(結局、合奏は4月にたった1回、2時間のみでした。)

コンクールも同様の対策をとりながら、各校で録音・録画による審査という形も可能だったのではないか、無観客でできたのではないか、という思いもありますが、ウイルス感染拡大防止という観点からの最悪の事態を想定しての連盟の苦渋の決断も理解できます。

静学は5月の定期演奏会で3年生が引退となります。中旬に延期し、観客は保護者のみ、座席の距離を空けるなど万全の体制で臨む予定ですが、部活停止状態が長引いていることもあり、本当に実施できるのかはまだわかりません。

コンクールには1、2年生で出場しているため、コンクール終了=引退ではないので生徒たちは絶望的になっているわけではありません。ただ、今後の活動もどうなるかわからないため、不安はあると思います。
ともかく、コンクールがなくなったからといって、空っぽの夏にするのではなく、それに代わるものを見つけて、例年と同じくらい充実した夏にしていかれたらと思っています。

静岡学園高校吹奏楽部 顧問・山下篤先生

2020年は吹奏楽文化の本質を見つめ直す年?

いかがだったでしょう。皆さんは当事者である静岡県の先生方の言葉をどんな思いで読まれたでしょうか?

静岡県以外のコンクールがどうなるのか。

それ以前に、いつから部活が再開でき、以前のようにみんなで思い切り合奏ができるようになるのか。

静岡県吹奏楽コンクールの後、東海・北陸地区と滋賀県が参加している中部日本吹奏楽コンクール(中日大会)の中止も発表されました。

コンクールが引退の場で、3年間の集大成を披露しようと練習を重ねてきた部員たち、たとえ部活が停止になってもコンクール開催を信じて地道に個人で努力をしていた部員たちにとっては、なかなか受け入れられない事実かもしれません。

コンクールだけでなく、すでにたくさんの定期演奏会やイベント、活動予定が消えていきました。

先行きの不安も募りますが、三田村先生の言葉のとおり、まずは命と安全が大切です。

そして、先生方のコメントにあった「新しい目標を考えていきたい」「先へ続く1年にしたい」といった前向きなコメントには励まされます。

つらい状況の中で、それでも部員たちのために希望を見出していこう、奮闘しようという意志は、きっと部員たちの心にも届くことでしょう。

まさしくこの2020年は、コンクールを中心に育まれてきた吹奏楽文化の真価や本質を改めて見つめ直す年になるのかもしれません。