名物顧問が去った学校で…

北海道旭川市の北海道旭川商業高校吹奏楽部といえば、全日本吹奏楽コンクールに過去10回出場している旭川を代表する名門バンドです。

卒業生によって合唱曲《夜明け》が生まれた吹奏楽部としても知られています。

オザワ部長もこれまで《吹部ノート③》《吹奏楽新時代の指導メソッド》旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」》といった書籍や記事などで旭商(きょくしょう)を取り上げてきました。

「部活ノート」「あだ名制度」「親子制度」など独特の文化を持ち、心を打つ演奏で日本中にファンがいる旭商。

その中心にいたのは名物顧問として有名な佐藤淳先生でした。

ところが、今年3月で淳先生が定年退職。私立の旭川明成高校へ移ることになりました。

そして、淳先生の代わりに着任したのが橋本一歩先生です。

今年度の旭川商業高校吹奏楽部。左端が橋本先生。スマホの画面に映っているのは不在の部員の顔。仲間へのこういった気遣いも素晴らしいです。

公立の学校で部活動の顧問が代わることは避けられない宿命のようなものですが、前任の先生が作ってきた文化や練習方法、部活に流れる哲学などが部員たちにも浸透しているため、なかなか新しい先生を受け入れにくい傾向があります。

今回の朝日新聞デジタル連載「My 吹部 Seasons」では佐藤淳先生が移った旭川明成のストーリーを書きました。

旭川の有名人である淳先生ですら、旭川明成の部員たちにすぐ受け入れられたわけではありません。

最初はやはり反発があり、先生と部員双方がそれを乗り越える必要がありました。

新顧問のために「攻略book」を用意

旭商の部員たちもまた、橋本先生が来ることに不安はあったことでしょう。

なにせ淳先生が30年もかけて作り上げてきた部活動と音楽があり、部員たちの多くはそれに憧れて入部してきているのです。

特に、3年生は淳先生の教えを2年間みっちり受けてきています。

しかし、旭商が素晴らしいのは、部員のほうから率先して橋本先生を受け入れようという試みをしたことです。

部員たちは『旭商吹奏楽部攻略book!』という分厚いファイルを作り、着任した橋本先生に送りました。

これが手作りの「旭商吹奏楽部攻略book!」です。

ここには部員のプロフィールが書かれた履歴書のようなものが全員分入っていました。

名前やあだ名、パートはもちろん、出身中学校・好きなこと・苦手なこと・将来の夢・性格・チャームポイント・先生にひとこと……などが書かれています。

「先生に自分たちのことを知ってもらおう」という気持ちが表れているものでした。

今年度の部長、奥愛未沙さんのプロフィール。

また、旭商の部活動で重要なツールである「部活ノート」(『吹部ノート③』でもその大切さや部活ノートを通じたドラマを描きました)や「学年日誌」の機能や重要性の説明、練習時間、伝統曲……など、吹奏楽部にかかわるあらゆることが詳細に書かれています。

さらに、「パート紹介」という項目では、各パートのメンバーの特徴を「音程感・耳」「指回り」「リズム感」「音色」という4点で解説。

各メンバーについて、これだけ演奏の特徴をまとめられるのもすごいことです。

この分厚い『旭商吹奏楽部攻略book!』は、部活動や部員全体を理解する上で非常に役立った、と橋本先生は言っていました。

きっと作るのも大変な作業だったことでしょう。複雑な思いを抱えながらプロフィールを書いた部員もいたことでしょう。

けれど、だからこそ「新しい先生を受け入れ、新しい旭商を作っていくんだ」という強い意志がより感じられるものになっています。

高校生になかなかできることではありません。

率直に言って、これは「すごいこと」です。

大人でも、外部から来た人に対する排他性を感じるケースはよくあります。オザワ部長自身、人間とはこれほどまで仲間内以外に対して冷たいものだろうか、それが人間の本能なのだろうか、と考え込んでしまうこともありました。

しかし、まだ10代の高校生が、その心の壁、排他性の壁を自ら取り払っている。リスペクトに値します。

今年度部長の「魅若(みーじゃ)」こと奥愛未沙さんは、プロフィールの「先生にひとこと」の欄にこう書いています。

「大変なことが沢山あると思いますが、共に頑張りましょう! 沢山話して早く仲良くなりたいです! これからよろしくお願いします!」

ぶつかり合ったり、すれ違ったりすることも予測しながら、それも織り込み済みでお互いにコミュニケーションを深め、理解し合い、新時代を作ろうという先生へのメッセージです。

顧問の交代のお手本に

『攻略book!』は、いわば旭商という世界を歩いていくための地図です。

たった一人で新しい世界にやってきた橋本一歩先生は、その地図を見ながら、お名前のとおり一歩一歩進んできたのでしょう。

すると、いつしかまわりにはたくさんの部員たちが集まり、ともに歩んでいました。

橋本先生を中心とした吹奏楽部の輪は、少しずつ、確実にその距離を縮めつつあります。

来春になれば、きっと全国の多くの吹奏楽部で旭商と同じように新しい先生を迎えるところが出てくるでしょう。

そのときはぜひ旭商の例を参考に、前向きに新しい時代、新しい部活動を作っていっていただきたいと思います。

なお、旭商の今年の吹奏楽コンクールの課題曲は鈴木英史作曲《ジェネシス》、自由曲はマーク・キャンプハウス作曲《ローザのための楽章》

橋本先生率いる旭商は、見事旭川地区大会を突破しました。

8月25日には、北海道吹奏楽コンクール(全道大会)に出場します。




★旭川商業高校が登場する本★