防衛大学校は特殊な「施設」

 皆さんは防衛大学校をご存知でしょうか?

 防衛大学校は「大学校」とはついているものの、一般の大学とは違い、幹部自衛官になる者を教育訓練する防衛省の教育・訓練施設のことです。

 学生は正式な身分は「自衛隊員」であり、「学生手当(給与)」の支給を受けています。ただし、卒業後には一般の大学のように「学士」の学位が授与されます。そして、卒業後は幹部自衛官として、陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊のいずれかに配属され、勤務にあたることになります。

 非常に珍しい存在である防衛大学校ですが、実は部活動(「校友会活動」と呼ばれている)があり、その中には吹奏楽部もあるというのです。

 防衛大学校は僕の故郷である神奈川県横須賀市にキャンパスがあります。昔からその存在は知っていましたし、街中や駅で制服姿の防大生を見かけることもありましたが、一度もキャンパスを見たことがありませんでした。ましてや、吹奏楽部のことも知りませんでした。

 今回、防衛大学校吹奏楽部で常任指揮者を務めている吉澤賢太郎先生からお誘いを受け、初めて防衛大学校を訪問し、吹奏楽部を取材することになりました。「未知の吹奏楽部」への初取材に、好奇心のアンテナが立ちまくっていたことは言うまでもありません。

防衛大学校吹奏楽部の皆さん。

吹奏楽部は「運動部」

 東京湾沿いの美しい直線道路である国道16号線から坂道を上がった、こんもりした緑の小山の上に防衛大学校の広大なキャンパスがあります。

 車でその坂道を上がっていくと、正門で吉澤先生とともに、制服をピシッと着こなした今年度の主将、植田乃々香さん(4学年・オーボエ・地球海洋学科)が出迎えてくれました。通常の部活動の際、部員の皆さんはTシャツや作業着など自由な服装だそうですが、わざわざ制服を着てくださったようでした。

 なお、防衛大学校ではたとえば1年生を「1学年」と呼ぶとのことです。

 吹奏楽部の練習場所は、総合体育館の2階にある部室です。そこに向かうまでの間、キャンパス内に立ち並ぶ校舎の大きさ、道の広さ、さらには展示されている戦闘機や戦車などに驚かされました。

吹奏楽部の部室がある総合体育館。
広々とした敷地の中には戦闘機や戦車なども展示されています。

 この敷地内で、約2000人の学生が「学生舎」と呼ばれる学生寮で集団生活をし、学科(座学)と訓練を受け、課外活動としてそれぞれ部活動に参加しています。

 植田さんによれば、「学生は1学年のときに全員が運動部に入る決まりになっています。文化部は、運動部に入った上で兼部する形になるのですが、吹奏楽部はパレードなどがあるためか、運動部扱いになっています」とのことでした。

 単に「運動部扱い」なだけではなく、実際にランニングやジョギングを行って体力向上に努めることもあるそうです。

中央が主将の植田乃々香さん。敬礼がビシッと決まっています。左は学生指揮者の藤井美優利さん、右は金管セクションリーダーの宮崎裕一郎さん。

 さて、「吹奏楽」と大きく書かれた看板が掲げられている部室に入ると、40人の部員の皆さんが拍手で迎えてくれました。

 約3分の1は完全な初心者からスタートした部員で、東南アジアなど10カ国から来た留学生も含まれているとのこと。キリッとした表情がさすが防大生といった印象でした。

 さっそく僕のために歓迎演奏を披露していただきました。

 指揮するのは学生指揮者の藤井美優利さん(4学年・トランペット・応用化学科)。曲は藤倉大作曲《栄華壮観(えいがそうかん)》でした。これは防衛大学校のために作られた曲で、マーチのリズムとともに勇壮かつ雄大に展開される曲です。聴くのは初めてでしたが、「おぉ、これはかっこいい!」とすぐに好きになってしまいました。自分ひとりだけのために演奏していただくのがもったいないくらいの演奏でした。

藤井さんの指揮で《栄華壮観》を演奏。

もっとも多い演奏機会はパレード

 取材当日は定期演奏会が間近ということで、吉澤先生のレッスンがある貴重な日でした。

 それにもかかわらず、主将の植田さん、学生指揮者の藤井さん、そして、金管セクションリーダーの宮崎裕一郎さん(4学年・トロンボーン・国際関係学科)の3名にお時間を割いていただき、お話をお聞きすることができました。

左から藤井さん、植田さん、宮崎さん。

 まず、植田さんですが、広島県出身で中学校から吹奏楽を始め、高校時代は中国吹奏楽コンクールで金賞を受賞するほど熱心な吹奏楽部に所属していたそうです。

「高校時代、父の友人が広島県の呉地方総監部にいた関係で護衛艦や潜水艦に乗せていただいたり、話をお聞きしたりしたことで海上自衛官に憧れ、防衛大学校に入りました」

 岡山県出身の藤井さんも中高一貫校の吹奏楽部で熱心に練習に取り組んでいたとのことでした。

「私は制服が大好きなんですけど、普通の大学は私服ですよね。『大学でも制服が着たい!』と思っていろいろ調べるうちに防衛大学校の制服に一目惚れしました(笑)」

 愛知県出身の宮崎さんは非常にユニークな経歴の持ち主。私立の中高一貫の男子校でオーケストラ部に入り、高3のときには部長も務めていたといいます。

「オーケストラ部は4月で高3が引退するんですけど、自分はまだ演奏がしたくて、そこから吹奏楽部に入り直して夏のコンクールに出場しました(笑)。防衛大学校に入ったのは、高校の近くにある駐屯地の方からリクルートされたのがきっかけです」

 防大の吹奏楽部の練習時間は、平日が授業終了から18時15分までの約75分間。吹奏楽の練習をするには、準備・片付けや基礎練習などを考えると少し短いかもしれません。土曜日は9時から11時までの2時間。日曜日は休みで、自主練は可能だそうです。

 毎年10月に行われている定期演奏会が近づくと、土日は朝から夕方まで練習となります。

 学校には音楽の教員がおらず、また、吉澤先生のレッスン回数も限られているため、学生指揮者が中心となって自主的な練習を行なっているとのことです。

「防衛大学校吹奏楽部の演奏活動の特徴はパレードが多いことです。入校式典(=入学式)の観閲式、月例観閲式、11月の開校記念祭の観閲式では校内で行進の列を先導し、パレード演奏をします。また、今年は11月3日に開催された『海上自衛隊創設70周年記念 国際観艦式2022』では、自衛隊の音楽隊や世界各国の軍楽隊とともに横須賀の市街地でパレードをしました」(植田さん)

 多くの観衆が沿道に詰めかける中、主将の植田さんがバトンを振って先導し、街中で《栄華壮観》などを演奏しながら行進したそうです。

オーボエを吹く植田さん。

「観閲式では雨が降っても演奏します。金管楽器中心の編成にはなるものの、雨衣(あまい=カッパ)を着てびしょ濡れになりながら演奏するのも防大ならではかもしれません。観閲式の間は2時間ほど立ちっぱなしになりますし、行進が始まると20分ほどずっと演奏が続きます。この点ではやはり文化部ではなく、運動部と言えるかもしれませんね(笑)」

 宮崎さんがそう教えてくれました。なお、宮崎さんはパワーリフティングも大会に出るくらい熱心に取り組んでいるということで、がっしりした体型。きっと20分連続の演奏も難なくこなされるのではないかと思いました。

力強くトロンボーンを吹き鳴らす宮崎さん。

挙手するときは「グー」

 植田さんたちとお話ししていると、ほかのバンドとは違う防衛大学校吹奏楽部ならではのユニークな点がいくつもあることに気づきました。ほかにも何かあるのか尋ねてみたところ、植田さんがいろいろ教えてくれました。

「まず、立ったり座ったりするときに『起立、着席』とは言わず、立つときは『気をつけ』、座るときは『休め』と言います。挙手をするときはパーではなく、グーを挙げます。これは、『手のひらを見せてはいけない』という自衛隊の規律に基づくものです。数字の読み方も自衛隊流で、たとえば『16時15分から練習を再開します』というのは『ヒトロクヒトゴから練習を〜』と言います」

 さすが防衛大学校。これと同じ風習を持つ吹奏楽部はほかにないのではないでしょうか。

 さらにユニークなのが、最高学年のこと(一般的には「代」と呼ばれる)を防大ではどの部活でも「政権」と呼ぶのだそうです。

 植田さんたちの代は67期なので、「67期政権」。最高学年が部を運営していくことは「政権運営」、次の代に世代交代することは「政権交代」。まるで政治の世界のようで面白いですね。

 定期演奏会で演奏する曲目を尋ねてみたところ、学生指揮者の藤井さんが教えてくれました。

「定期演奏会では、一般的な吹奏楽部や楽団が演奏する樽屋雅徳さんや江原大介さんといった作曲家の吹奏楽オリジナル曲、ポップス曲や映画のテーマ曲なども演奏します。防衛大学校らしく応援団とのコラボも交えながら、《歩兵の本領》《抜刀隊》《栄華壮観》などを演奏するコーナーもあります。そして、アンコールは《宝島》と《軍艦マーチ》で締めるのが定番となっています」

藤井さん(中央)とトランペット・トロンボーンパートの皆さん。

 記録を調べたところ、防衛大学校吹奏楽部は過去に全日本吹奏楽コンクール・大学の部に3度出場したことがあります。大学の部で神奈川県から全国大会に出場したことがあるのは、なんと王者・神奈川大学と防衛大学校だけです。

 とはいえ、3回とも1960年代のこと。いまはなぜ吹奏楽コンクールに出場していないのか尋ねると、植田さんが防大ならではの事情を教えてくれました。

「7月になると夏季定期訓練というものがあり、2学年以上は陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊に分かれて、全国各地で訓練に参加します。約1カ月間は楽器の練習はもちろん、楽譜を見る余裕すらないため、現実的に夏のコンクールに出ることは難しいんです」

 ピシッとした制服姿でコンクールのステージに立つ防衛大学校吹奏楽部の姿を見てみたいと思いましたが、そういった事情があるならば出場できないのも無理はありません。

 活動には様々な制約がありますが、音楽や楽器演奏が大好きなメンバーが集まっている防衛大学校吹奏楽部。インタビューの後、吉澤先生の合奏指導を拝見しましたが、時折笑い声が聞こえる明るい雰囲気で行われていました。

 せっかく取材だからということで、定期演奏会で演奏する《スピリティッド・アウェイ 《千と千尋の神隠し》より》《パイレーツ・オブ・カリビアン》を演奏していただきました。コロナ禍の影響もあって吉澤先生指揮での合奏は数えるほどしかできていないとのことでしたが、演奏が進むほどに音やリズムのまとまりが出てくるのが感じられました。サウンドの厚みと思い切りの良さ、勢いを感じさせるバンドでした。

吉澤先生の的確なタクトで、部員の皆さんから音楽が引き出されていきます。

 卒業後、植田さんは海上自衛隊、宮崎さんは陸上自衛隊、藤井さんは航空自衛隊に配属されることが決まっているそうです。各自衛隊には音楽隊はありますが、防衛大学校の卒業生には音楽隊に進むルートはなく、3人とも卒業後はあくまで趣味として音楽を楽しみたいと語っていました。

 防衛大学校吹奏楽部の皆さんが将来は幹部自衛官となり、吹奏楽を通じて身につけた調和(ハーモニー)の力で平和のために貢献していただきたい――そんな願いを抱きながら防衛大学校を後にしました。

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 なお、防衛大学校吹奏楽部は公式サイトで情報発信を行なっています。定期演奏会の告知などもこちらに出るため、ぜひチェックし、一度生の演奏をお聴きいただきたいです。




★2023年7月舞台化決定!★