《うっせぇわ》で再会した懐かしの名盤

高校時代から大好きだった我が青春のアイドル・菊池桃子さんが、何を思ったかYouTubeラジオでいま流行りの《うっせぇわ》の「歌ってみた」を公開している、というのがネットニュースになっていました。

ロックバンド(?)「ラ・ムー」を結成したときや、大学で修士号を取って戸板女子短期大学の客員教授になったときなどにも感じましたが、相変わらずの不思議な行動力に感服してしまいました。

そして、アイドル時代を彷彿とさせるウィスパーボイスに思い出をかき立てられ、衝動的に菊池さんの2ndアルバム『TROPIC of CAPRICORN(南回帰線)』と3rdアルバム『ADVENTURE』をアマゾンでゲットしてしまいました。

2ndアルバム『TROPIC of CAPRICORN』。アイドルなのにジャケットの端っこにチラッと顔が出ているだけ!
3rdアルバム『ADVENTURE』。リリースから35年。今でもアルバムを入手できることに感謝!

当時(1980年代)のオザワ部長はビートルズやローリング・ストーンズなどのバンドにハマっていましたが、その一方でシティポップも大好きでした。

菊池桃子さんは超正統派のアイドルで、当時、アイドルのアルバムについては「どうせジャケットやブックレットの写真が売りのお遊びでしょ?」といった見方が強かったと思います。

しかし、菊池桃子さんの場合、1stアルバム『OCEAN SIDE』から異色で、ジャケットは海に浮く菊池さんの写真(水着ではありますが、顔がよく見えない)、収録された楽曲も上質なシティポップでした。

なお、最近話題となっている「シティポップ」とは、この言葉のとおり都会的で洗練されたポップスのこと。1970年代から1980年代に大流行したポップスの潮流で、軽快なビートとキャッチーなメロディ、シンセサイザーの音が特徴。街にも、リゾート地にも、ドライブにもマッチする洒落た音楽です。

斬新だった1stアルバム『OCEAN SIDE』のジャケット。

その菊池桃子さんの楽曲を手掛けていたのが、杏里《悲しみがとまらない》や上田正樹《悲しい色やね》、杉山清貴&オメガトライブ《ふたりの夏物語》などの大ヒット曲で知られる作曲家・林哲司(はやしてつじ)さんでした。

林哲司さんは、いま世界的にリバイバルで大流行している松原みき《真夜中のドア》の作曲者でもあります。

それはまさにアイドルという枠を超えて、いや、むしろアイドルだからこそ思い切って極上のシティポップアルバムをつくり上げてやろうという気概に満ちた仕事で、『TROPIC of CAPRICORN(南回帰線)』『ADVENTURE』という3部作はそれぞれが統一された空気感を感じさせるコンセプトアルバムの趣きさえ漂わせていました(実際、林さんご自身も手掛けた仕事の中でもっとも印象に残っているのは菊池桃子さんの一連のアルバムだとインタビューで答えています)。

『ADVENTURE』に至っては、1曲目に菊池桃子さんの歌声がまったく入っていない《OVERTURE(序曲)》から始まり、そこに出てくるメロディがアルバムのラス曲《TOMORROW》にも現れることでアルバム全体が包み込まれる仕掛けになっていました。

『TROPIC of CAPRICORN』のライナーノーツ。全曲、林哲司作編曲。秋元康さんの詞も素晴らしいです。

80年代後半からはかなり実験的なアイドルソングやアイドルアルバムがありましたし、21世紀に入るとアイドル音楽は世界のありとあらゆる音楽を飲み込むような貪欲さを見せるようになりましたが、林哲司さんが関わった菊池桃子さんのアルバム(全曲の作曲・編曲を担当)はそんな流れの中で非常に重要な役割を果たしたのではないかと思います。

それは、単に菊池桃子さんが林哲司さんをはじめとした「クリエイター陣=大人」の言われるがままに(いわゆるお人形のように)やってきたことではなく、唐突な「《うっせぇわ》歌ってみた」に象徴される菊池さんの天性の魅力と不思議パワーがあったからこそではないか、とそんな気がするのです。

さて、ここまで読んで「オザワ部長ってアイドルソングやポップスも聴くのか」と思った方もいらっしゃるかもしれません。

オザワ部長はアイドルソングも聴きますし、アニソンも、ポップスも、ロックも、パンクロック(セックス・ピストルズ!)も、ノイズパンク(ソニック・ユース!)も、グランジ(ダイナソーJr.!)も、ジャズも、ボサノバも、歌謡曲も、クラシックも聴きます。

職業に貴賤がないように、音楽にも貴賤はありません。良い音楽に新しい、古いもありません。

そして、何を聴くかという選択は、誰かに評価されるためではなく、とてもプライベートな、心の根っこに結びついた行為です。

感覚的に「いいな」と思ったら、吹奏楽ではなくても、ぜひジャンルにとらわれずに聴いてみてください。自分の心にフィットする音楽がひとつ見つかると、世界が一段階明るくなります。そして、その色が思い出を作っていきます。苦しいときには救ってくれます。また、吹奏楽を演奏するときにも他ジャンルで磨かれた音楽性や感性が生かされることもあるでしょう。

音楽の力で高1の夏の東海道線に遡行

オザワ部長は高校1年の夏にひとり旅をしました(さすがに宿泊は親戚宅ですが)。

最寄駅のJR(当時は国鉄)逗子駅から名古屋駅まで10時間くらいかけて各駅停車で行き、そこから近鉄に乗り換えて親戚の住む奈良まで行きました。初めての経験で、とても心細かったですが、なぜかそういう冒険(Adventure)をしてみたかったのです。

確か片道だけで合計14時間くらいかかったと思いますが、その間、窓の景色や入れ替わる乗客を眺めながら、お気に入りの曲を入れた5、6本のカセットテープを聴いていました。そこには当時大好きだったサックス奏者・渡辺貞夫さんやフュージョンバンド・カシオペアなどのアルバムのほかに、菊池桃子さんのアルバムも入っていました。

久しぶりに『TROPIC of CAPRICORN』のラス曲の《南回帰線》を聴いていたら、高1だった自分がひとり東海道線のボックス席に座り、窓から外を眺めていたこと、興奮や緊張感からか車内で鼻血が出たこと、イヤホンから《南回帰線》が流れてきたときにちょうど列車が名古屋駅に近づいていたことなどをありありと思い出しました。

高校生の自分は、毎日何のために生き、生活し、学校に通っているのかよくわからないままフワフワした日々を過ごしていましたが、50歳を過ぎたいま、菊池桃子さんの音楽を聴きながらまだこうして生きている……そのことを高1の夏にひとり列車に揺られていた自分にそっと教えてあげたい気持ちになりました。

音楽は記憶に結びつき、音楽はその人をつくり、心に寄り添い、いつもその人とともにあります。きっとさいごのときまで。

だから、素敵な音楽を、たくさん聴きましょう。